LOGIN翌日から、エリナは動き始めた。
といっても、急いでいるわけではなかった。 落ち着いて、一つずつ。 謁見の翌日以降に何をするかは、帰り道の馬車の中でゴードンと話し合っていた。 優先順位は決まっていた。 一つ目、商会の代表変更の正式書類を処理する。二つ目、各町の現場責任者に謁見の結果を報告する。三つ目、フィオナと連携して規制案の継続審議への対応を続ける。四つ目、学院の衛生教育の検討に、商会として協力できることを提示する。 どれも、急ぎではない。 でも、止まってもいない。まず、商会の代表変更の書類が届いた。
アルバ殿下が約束した通り、一週間以内に書状が来た。 正式な書類に、エリナ・アッシュフォードの名前が入っていた。 アッシュフォード商会の代表者、エリナ・アッシュフォード。 ゴードンがその書類を机の上に置いた。 「これで、正式になりました」 「そうですね」 「どういう気持ちですか?」 エリナは少しだけ考えた。 「思っていたより、静かな気持ちです」 「静か、とは」 「もっと大きな感情が来ると思っていた。でも、静かだった。当たり前のことが、形になった、という感じです」 「それが、正しい感覚だと思います」ゴードンが静かに言った。「当たり前のことを積み上げてきたから、当たり前に形になった」 「ゴードンさん」 「はい」 「代表名義をずっと引き受けてくれていた。本当にありがとうございました」 「礼はいりません。でも、受け取ります」 それだけだった。 それで十分だった。次に、各町の現場責任者への報告をした。
マグダ、シェナ、ジルカに、それぞれ手紙を書いた。 謁見の結果。陛下が約束を守ってくれたこと。商会の活動が引き続き認められたこと。今後も続けることができること。 返事は、それぞれ三日以内に来た。 マグダから。エリナちゃん、よかったよ! ヴァロウのみんなに伝えた。おばあちゃんたちが喜んでた。これからも続けてくれるって言って、よかったって。あたしも、よかった。
シェナから。
届いたことを、嬉しく思います。トレネでも、続けます。新しい薬草の採取場所を整備しています。来月には、供給量を少し増やせると思います。
ジルカから。
キーシュでも、皆さんに伝えました。海沿いのルートは、引き続き整えています。商会の代表がエリナさんご自身になったと聞きました。当然のことが、形になりましたね。おめでとうございます。
三通の返事を、ゴードンと一緒に読んだ。
「それぞれが、それぞれの言葉で返事を書いてくれている」 「そうですね」 「マグダさんの『よかった』が三回あるのが、マグダさんらしい」 「そうですね」エリナが少しだけ笑った。
「ジルカさんの『当然のことが形になりましたね』という言葉も、ジルカさんらしい」 「全員、違う言葉で、同じことを言ってくれている」 「そうです」フィオナからも、定期報告が来た。
エリナへ
規制案の動きを引き続き追っている。クロヴェルは、今のところ大きな動きを見せていない。謁見の結果を受けて、少し様子を見ていると思う。 ただし、油断はできない。クロヴェルは長期戦が得意だ。次の手は、すぐには来ないかもしれないが、必ず来る。 アルバ殿下から聞いた話がある。陛下が、アッシュフォード商会の活動を「王国の新しい試みの一つ」として、宮廷内で言及されたらしい。これは、大きい。陛下が公式な場で言及することで、商会の存在が宮廷内で正式なものとして認識される。 クロヴェルが次に動く時、それが以前より難しくなる。 こちらは引き続き動く。 それと、ダリウスのことを少し書く。 謁見の後、ダリウスが私に会いに来た。何を言うかと思ったら、「結果を聞いた。おめでとう」とだけ言って帰った。 それだけだった。でも、来てくれた。 あの人は、複雑なまま、動き続けている。 ――フィオナ――エリナはフィオナの手紙を読んで、ダリウスの話を少しだけ考えた。
「おめでとう」とだけ言って帰った。 それだけ。 でも、来てくれた。 ダリウスが、どういう気持ちで来たのか、エリナにはわからない。 でも、来たことは確かだ。 エリナは返事を書いた。 フィオナへ 陛下が宮廷内で言及してくださった話、ありがとうございます。クロヴェルへの牽制になりますね。 ダリウスの話、読んだ。「おめでとう」とだけ言って帰った。それだけで、十分だと思います。来てくれたことが、大事だから。 引き続き、よろしくお願いします。 一つ、フィオナに聞きたいことがある。 フィオナが王都に来て、一年以上経ちました。疲れていませんか。今度こそ正直に答えてほしい。 ――エリナ――フィオナからの返事は、翌日来た。
正直に答える。
疲れている。 でも、止まりたくない。矛盾しているけど、両方本当だ。 疲れているから、少し休みたいとも思う。でも、止まると次に動き出すのが難しくなる気がして、止まれない。 これは、あなたに似ているかもしれない。 一つだけお願いがある。ルシェムに行く時期を、少し早めてもいいか。春になったら、と思っていたけど、もう少し早く行きたくなった。 ――フィオナ――エリナはすぐに返事を書いた。
フィオナへ 正直に答えてくれてありがとう。 いつでも来てください。来週でも、来月でも。ルシェムはいつでも待っています。 マリオに言っておきます。部屋を片付けておくように。 ――エリナ――マリオに伝えると、少し目を丸くした。
「フィオナさんが来るのか?」 「近いうちに」 「どのくらい近い?」 「わからない。でも、早めに来たいと言っていた」 「そうか」マリオが少しだけ嬉しそうな顔をした。
「久しぶりだな」
「部屋を片付けておくように、と伝えました」 「俺の部屋か?」 「フィオナが泊まれる場所を、という意味です」 「ああ、そういうことか。わかった。ゴードンさんに相談して、どこか手配する」 「よろしくお願いします」 「それと」マリオが少し声を落とした。
「フィオナさん、元気か?」
「疲れている、と言っていました。正直に」 「そうか」マリオが少しだけ顔を引き締めた。
「じゃあ、来た時にゆっくりできるようにしておく」
「ありがとうございます」 「俺にできることは、それくらいだからな」その週、レインからも手紙が来た。
エリナへ
学院に戻った。師匠と、衛生教育の件について話し合いを続けている。 一つ、報告がある。師匠が魔法師団長に提案書を出した。来年度から、学院の一般課程に「衛生基礎」という科目を設ける提案だ。内容は、石鹸の使い方、薬草薬の基礎、傷の手当ての手順。 魔法師団長は「前向きに検討する」と言った。 もし正式に採用されれば、アッシュフォード商会の商品が、教材として使われることになるかもしれない。その場合、商会として学院に供給することを検討してほしい。 それから、一つだけ。 昨夜、また図書室に行った。アッシュフォード侯爵の記録のページを、また開いた。 今日は、その隣のページも読んだ。建国期から現在までの改革案の記録が、いくつか載っていた。その中に、侯爵の案が一行だけ引用されていた。 「魔法に頼りきらぬ国を目指した改革案」と書いてあった。 それが今日、少し違って読めた。 残っている。 ――レイン――エリナは手紙を読んで、しばらく動かなかった。
残っている。 父の案が、記録書に残っている。 『魔法に頼りきらぬ国を目指した改革案』 一行だけ。でも、残っている。 レインが、今日それを読んで、エリナに届けてくれた。返事を書いた。
レインへ 衛生教育の件、ありがとうございます。学院への供給について、ゴードンさんと検討します。商会として、できることをします。 図書室の話、読んだ。 『残っている』という言葉を、受け取った。 父の案が一行だけ残っていて、レインがそれを読んで、私に届けてくれた。 今日、私が謁見の間でやったことは、その一行の続きだったかもしれない。 うまく言葉にできないが、あることは確かだ。 それを、あなたに知っていてほしかった。 ――エリナ―― 書いて、封をした。 「今日、私がやったことは、その一行の続きだったかもしれない」という一文を、書く前に少しだけ考えた。 でも、本当のことだから書いた。夕方、エリナは作業場に入った。
棚の前に立って、石鹸の在庫を確認した。 マリオとルナが管理してくれていた。 問題はない。 でも、確認したかったのは在庫だけではなかった。 ここに来ると、最初の頃を思い出す。 台所で一人、型に液体を流し込んでいた頃。 マリオが初めて来た日。 ルナが廃屋の前に座っていた日。 ゴードンが「この娘は本物だ」と言った日。 全部、ここから始まった。 これからも、ここから始まる。 エリナは作業場を出て、長屋の前に立った。 ルシェムの夕方の空が、冬の終わりに近い光を帯びていた。 少しずつ、日が長くなっている。 春が来る。 フィオナが来る。 レインが来ると言った。 次の一手が、もうある。 でも、今日の夕方は、ただここに立っていた。 ルシェムの空を、見ていた。夜、エリナは机に向かった。
今度は、作業リストを書いた。 商会の代表変更の書類の保管。衛生教育への供給検討。フィオナの来訪の準備。各町の在庫確認。規制案の動向監視。 書きながら、少しだけ笑った。 また動き始めている。 それが、自分だ、と思った。 帰ってくる場所があって、また動き始める。 それが、エリナ・アッシュフォードという人間の、今の形だった。 ランプを吹き消した。 エリナ・アッシュフォード、八歳。 今日から、また動き始めた。 帰ってくる場所があることを知った上で、動く。 それが今夜、一番確かなことだった。フィオナがルシェムに来たのは、謁見から二週間後のことだった。 予告なしだった。 朝、市場から戻ったマリオが、息を切らして事務室に飛び込んできた。 「フィオナさんが来た」「どこに?」「市場の入り口。馬車で来てる。荷物が多い」「荷物が多い?」「トランクが二つある」 エリナは少しだけ止まった。 「泊まりではなく、しばらくいるつもりですか」「そういうことじゃないか? 迎えに行くか?」「行きます」 市場の入り口に着くと、フィオナが馬車の横に立っていた。 久しぶりに、ルシェムで見るフィオナだった。 王都で会った時とは少し違って見えた。服装は変わらないが、顔が少し違う。 疲れている、と手紙に書いていた。 確かに、少し疲れた顔をしていた。 でも、エリナを見た瞬間、目が変わった。 「来た」「来ましたね、予告なしで」「予告したら、準備されすぎると思って。あなたのことだから、部屋を完璧に整えて、食事まで用意して待っていそうだから」「そうしようとしていました」「でしょう。だから、言わなかった」「荷物が多いですね」「しばらくいようと思って」 フィオナが少しだけ声を落とした。「王都からの仕事は、手紙でできる部分も多い。しばらくルシェムで動きながら、こちらの空気も吸いたかった」「どのくらい?」「一週間か、二週間か。決めていない」「決めなくていいです。いたいだけいてください」 マリオが荷物を運んでくれた。 フィオナが見ると、少し驚いた顔をした。 「マリオ、大きくなった?」「なってないと思うけど、フィオナさんが久しぶりに会うから大きく見えるだけじゃないか?」「そうかもしれない。でも、なんか違う。顔が違う」「どう違う?」「前より、落ち着いた顔をしてる」「そうかな」
翌日から、エリナは動き始めた。 といっても、急いでいるわけではなかった。 落ち着いて、一つずつ。 謁見の翌日以降に何をするかは、帰り道の馬車の中でゴードンと話し合っていた。 優先順位は決まっていた。 一つ目、商会の代表変更の正式書類を処理する。二つ目、各町の現場責任者に謁見の結果を報告する。三つ目、フィオナと連携して規制案の継続審議への対応を続ける。四つ目、学院の衛生教育の検討に、商会として協力できることを提示する。 どれも、急ぎではない。 でも、止まってもいない。 まず、商会の代表変更の書類が届いた。 アルバ殿下が約束した通り、一週間以内に書状が来た。 正式な書類に、エリナ・アッシュフォードの名前が入っていた。 アッシュフォード商会の代表者、エリナ・アッシュフォード。 ゴードンがその書類を机の上に置いた。 「これで、正式になりました」「そうですね」「どういう気持ちですか?」 エリナは少しだけ考えた。 「思っていたより、静かな気持ちです」「静か、とは」「もっと大きな感情が来ると思っていた。でも、静かだった。当たり前のことが、形になった、という感じです」「それが、正しい感覚だと思います」ゴードンが静かに言った。「当たり前のことを積み上げてきたから、当たり前に形になった」「ゴードンさん」「はい」「代表名義をずっと引き受けてくれていた。本当にありがとうございました」「礼はいりません。でも、受け取ります」 それだけだった。 それで十分だった。 次に、各町の現場責任者への報告をした。 マグダ、シェナ、ジルカに、それぞれ手紙を書いた。 謁見の結果。陛下が約束を守ってくれたこと。商会の活動が引き続き認められたこと。今後も続けることができること。 返事は、それぞれ三日以内に来た。 マグダから。 エリナちゃん
ルシェムに帰った翌朝、エリナはいつもより少しだけ遅く起きた。 目が覚めた時、空はすでに明るかった。 珍しいことだった。 いつもは夜明け前に目が覚める。でも今朝は、光が差し込んでから目が開いた。 しばらく、布団の中でそのままいた。 これも珍しいことだった。 起きたら、すぐに動く。それがいつものエリナだった。 でも今朝は、少しだけそのままいた。 窓の外から、ルシェムの朝の音が聞こえた。 市場へ向かう人の足音。遠くで犬が吠える声。風が木の葉を揺らす音。 帰ってきた、と思った。 昨日も思った。でも、今朝も思った。 ここが、自分の場所だ。 台所に行くと、セレーナが先にいた。 「おはよう」「おはようございます」「よく眠れた?」「はい。遅くまで眠っていました」「そう。今日くらいは、いいんじゃない?」「そうかもしれません」 薬草茶を作りながら、エリナは窓の外を見た。 冬の朝の空は、澄んでいた。 「お母さん」「うん」「昨日、ゴードンさんから聞いた話があります」「何?」「学院が、来年から衛生教育を取り入れることを検討しているそうです。石鹸の使い方、薬草薬の知識、傷の手当ての手順を、学院の教育に組み込む話が始まっている」 セレーナが少しだけ手を止めた。 「それって、どういうことになるの」「学院で教えれば、学院の生徒が卒業して各地に行く時に、その知識を持っていく。一人が届けられる場所より、ずっと広い範囲に届く」「あなたが一年でやったことが、もっと広がるということ?」「そうなるかもしれません」「お父さんが聞いたら、何と言うかしら」 エリナは少しだけ考えた。 「『私よりうまくやっている』と言うか、それとも『まだ足りない』と言うか」「この前も同じことを言ったわね」「同じこ
翌朝、エリナは早く起きた。 今日、ルシェムに帰る。 荷物を確認した。報告書の写し。確認書の写し。殿下から預かったアッシュフォード商会の正式な代表変更に関する書状の下書き。そして、セレーナへの手紙。 全部、ある。 朝食を三人で食べた。 フィオナが、珍しく朝から饒舌だった。 「昨夜の話、全部聞かせてもらうって言ったけど」「聞きますか?」「聞く。でも、今は聞かない」「なぜですか?」「あなたの顔を見れば、大体わかるから。今日は、その顔で十分」「どんな顔をしていますか?」 ゴードンが静かに言った。 「昨日フィオナが見たかった顔」 出発前に、フィオナと二人になった。 宿の前の小さな通りで、少しだけ話した。 「フィオナ、これからどうするんですか?」「王都にいる。まだやることがある。規制案はまだ継続審議のままだ。陛下が認めたとはいえ、クロヴェルが諦めたわけじゃない」「そうですね」「でも、今日は違う話をしたい」「どんな話ですか?」「あなたが帰った後のことを、少し考えた。王都に来てからの一年間、私はずっとここで動いていた。でも、いつかルシェムに行ってみたいと思っている」「ルシェムに?」「マリオとルナに、会いたい。あなたが話してくれた人たちに。あなたが動いてきた場所を、見てみたい」「来てください、必ず」「いつ行けるかはわからない。でも、行く」「待っています」 フィオナが少しだけ笑った。 「その言葉、昨夜もレインに言ったでしょう」「言いました」「同じ言葉が、自然に出てくるようになったんだね」フィオナが穏やかに言った。「前のあなたには、なかった言葉だと思う」「そうかもしれません」「いい変化だと思う」 フィオナが手を差し出した。 エリナはその手を両手で握った。
謁見が終わって、王宮を出たのは昼過ぎだった。 アルバ殿下が廊下で待っていた。 「よくやりました、エリナ殿」「ありがとうございます。殿下の準備がなければ、今日はなかった」「王都のデータは、効きましたね」 殿下が少し笑った。「右側の列が、ざわついた」「見えていました」「父上は、満足そうでした。あの顔は、久しぶりに見た。一年前に、『わくわくしている』と言いましたが、今日はそれ以上でしたよ」 エリナは少しだけ、その言葉を受け取った。 「殿下、商会の代表についてお願いがあります」「ゴードンさんから聞きました。昨夜、連絡をいただいた」「はい。正式にエリナ・アッシュフォードの名で商会を持てるよう、陛下にご確認いただけますか?」「すでに父上に話しました。年齢の問題は、特例として認めていただける方向です。正式な書類は、来週中に届きます」「ありがとうございます」「アッシュフォード商会の代表が、アッシュフォードの名前になる。当然のことですから」 王宮の外で、師匠とレインが待っていた。 師匠がエリナに言った。 「一つだけ言っておく」「はい」「今日の発言で、一番良かった部分を教えてもいいか?」「ぜひ」「クロヴェルへの返答だ」 師匠が静かに言った。「感情で返さなかった。でも、感情がないふりもしなかった」 エリナはフィオナが昨日言っていた言葉を思い出した。 「感情がないふりもしなくていい、という言葉を、昨日フィオナからもらいました」「賢い子だ、フィオナ殿は。あの返答には、あなたがいた。数字だけではなかった」「届きましたか?」「届いた。俺には届いた。他の人間にも届いたと思う」 師匠が一歩退いた。 「俺はこれで失礼する。よくやった」「先生、ありがとうございました。一年間、本当に」「礼
謁見の日の朝、エリナは四時間ほど眠った。 眠れると思っていなかったが、眠れた。 目が覚めた時、空はまだ暗かった。でも、もう眠れなかった。 起きて、顔を洗って、薬草茶を作った。 ルナが持たせてくれた葉を使った。 温かい湯呑みを両手で持って、部屋の窓から外を見た。 王都の夜明け前。 ルシェムとは違う空の色だった。でも、夜明け前が静かなのは、どこでも同じだった。 今日、謁見の間に立つ。 もう一度、確認した。 怖い。でも、届けたい。 それだけでいい。 朝食を三人で食べた。 フィオナが、珍しく静かだった。 いつもは何か言う人だが、今朝は食べながらあまり口を開かなかった。 エリナが「どうかしましたか?」と聞くと、フィオナが少し笑った。 「緊張してる」「フィオナが?」「私も人間だから。あなたが緊張するより、私が緊張してる気がする」「なぜですか?」「あなたが上手くいくかどうかを、見ている立場だから。自分が話すより、大事な人が話すのを見ている方が、緊張する」 エリナは少しだけ、その言葉を受け取った。 大事な人が話すのを見ている方が、緊張する。 「フィオナ」「何?」「今日、謁見の間に入れますか?」「入れない。謁見の場に入れるのは、名前がある人間だけ。私には、今は資格がない」「そうでしたか」「廊下で待ってる。終わったら、すぐ出てくるでしょう。その顔を見る」「どんな顔をしていると思いますか?」「わからない。でも、見たい顔をしていると思う」 謁見の前の十分間は、王宮の廊下の一角で過ごした。 フィオナ、ゴードン、エリナの三人。 廊下は石造りで、冷たかった。外の空気が、石を通して伝わってくる。 エリナは上着の内ポケットに手を当てた。 手紙が、ある。 フィオナが言った。 「今日の目標を、一つだけ確